創立以来、薬学教育・研究の先導的な役割を担って。
学都仙台に息づく、東北医科薬科大学の歴史と伝統、
そして新たなる使命。

 

建学の精神

 本学は、昭和14(1939)年東北・北海道地区唯一の薬学教育機関である東北薬学専門学校として創立され、次いで昭和24(1949)年に東北薬科大学として開学した。
 創立について特に誇りとするところは、国が廃止した薬学教育機関を、確固たる教育の理想のもと私学として民間の力で再興したことである。明治時代、政府は仙台に「仙台医学専門学校(東北大学医学部の前身)」を設立し医学科、薬学科を置いたが、大正6(1917)年、医学科だけを残し、薬学科を廃止した。以後約20年間、北日本には薬学教育機関が全く無くなり、この間、北日本の薬学の進歩、薬業界の発展は停滞するばかりであった。ことに薬学を志す者は、東京に出て学ばなければならず、経済的にも負担が大きく、その道に進むことが大変困難な時代が続いていた。当時仙台市内で内科高柳病院を開業していた高柳義一先生は、かかる現状を憂慮し、また社会の熱い要請を受けて民間の先覚者達と共に努力の末、ついに昭和14(1939)年、東北薬学専門学校を創立した。

 しかし、本学の歴史を顧みると、薬学専門学校の創立、そして大学の揺籃から発展へと至る道のりは決して平坦ではなかった。創立当時、長期化していた戦争は次第に厳しさを増し、ひきつづいて第2次世界大戦、そして敗戦という有史以来の激動の時代となり、学生をはじめ法人役員、教職員の苦難は想像を絶するものがあった。戦後、廃校の岐路に立ったこともあったが、高柳義一先生は、ついに幾多の困難を乗り越え、昭和24(1949)年に東北薬科大学の昇格設置にこぎつけ、本学の基礎を確立した。

 創立にあたり、創設者たちは地域社会に貢献できる薬剤師の養成を最大の目標としつつ、薬学の教育・研究を通じ、広く人類の健康と福祉に貢献することを願い、真理の探求に邁進するという高い志を掲げた。この精神は、大学創設者高柳義一先生の残された「われら真理の扉をひらかむ」という言葉に凝縮され、本学の建学の精神として碑に刻まれ(開真の碑)、今に伝えられている。
 真理の探究は、まさに大学の使命である教育・研究の原点であり、この建学の精神は今後も我々に教育・研究に真摯に取組む姿勢と努力を求め続けるものと言える。
 学と薬学の2つの領域にまたがる生命科学の分野で活躍できる人材養成をめざす4年制の「生命薬科学科」を併置した。また、薬学部各学科を基礎にした「大学院薬学研究科」を設置し、一段と高度なレベルで教育と研究の両立を目指している。

 さらに6年制薬学教育を効果的に実践するため、本学は平成25(2013)年4月、薬系単科大学としてはわが国初となる附属病院(東北薬科大学病院、現東北医科薬科大学病院)を開設した。附属病院は現在、学部教育での体験学習や臨床教育に、大学院教育では臨床研修に、さらに臨床系教員の現場研修に活用されている。また、病院患者さんのデータや検体を用いた、病院と大学の共同研究が実施されており、研究においても大きな効果をあげている。

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