医薬分子設計、合成及び活性評価

新しい疎水性構造単位を応用した医薬分子の設計と合成

生理活性化合物の疎水性構造単位は膜透過性や受容体との疎水性相互作用に関与すると同時に、分子全体を支持する骨格構造となり、受容体との結合親和性に大きな効果を発揮する。新規骨格の医薬品シード化合物の発見は医薬開発のブレークスルーとなるが、医薬の長い歴史の中で、この役割は天然有機化合物の活性発見やランダムスクリーニングによる偶然の活性発見が担ってきた。ポストゲノム時代である今後、次々に遺伝子産物の構造、リガンド発見、複合体の3次元構造の解明が展開すると考えられる。そこから得られる医薬候補としての低分子リガンドの設計あるいは非ペプチド化には受容体構造に立脚した分子設計が必要とされる。私は受容体構造に基づく市販化合物の適合に関するデータベース検索に関与したが、そこでヒットする化合物のほとんどは芳香族あるいは複素芳香族化合物であり、現在の合成医薬品はこれらの組合せにより立体構造や水素結合性基の配置を制御することにより展開していることを認識した。しかし、受容体との疎水性相互作用による形状適合には立体的疎水性構造が明らかに有利であり、本研究での新規立体的疎水性構造の開発は医薬分子設計の幅を大きく広げることになる。既に、新規の疎水的ファーマコフォアとして開発した球形の立体形状を有するジカルバ-closo-ドデカボラン(カルボラン)を応用したエストロゲン受容体調節薬の設計、合成で、生体内基質であるエストラジオールを大きく上回る活性化合物を創製している。

強力な活性を有する新規エストロゲンアゴニストChem. & Biol. 2001)

このような立体的疎水性構造単位および水素結合性等価性構造単位の開発を、低分子が特異的転写調節に直接関与する代表的化合物である核内受容体リガンドの設計・合成に直接適用することにより、既存のリガンドとは体内動態や活性挙動の異なる医薬の創製に応用することができる。また、これらの分子構成単位の物理的、化学的性質、活性発現機構解析を系統的に行うことにより、医薬開発におけるライブラリー構築の構成要素として利用できるよう一般化することができる。医薬化学における基礎研究というべき、これらの研究は将来の医薬分子設計に大きく寄与するものとなる。

細胞内情報伝達制御分子の設計と合成

生理活性化合物の溶液中の立体配座は受容体との適合を考える上で重要な課題である。立体配座の変化により分子全体の形状、そして重要な水素結合性官能基の空間的位置が大きく移動するからである。私は、発癌プロモーターであり細胞内情報伝達を制御する因子であるteleocidinの合成研究の途上に、この骨格が室温溶液中で2つの安定な2つの立体配座異性体の平衡状態で存在することを見出した。この2つの立体構造は左のtwist型、右のsofa型であるが、構造上の特徴はアミド結合がtwist型ではcis 、sofa型ではtransをとっていることである。この平衡の熱力学的パラメーター測定からその平衡は室温で数十秒で半減期に達するほど速く、どちらが受容体上での活性構造であるかが大きな課題となった。この問題の解決には、それぞれの立体配座に対応する構造に固定した新規分子の設計・合成を行うことによりtwist型が活性立体配座であることを明確に示すとともに、細胞の増殖、分化研究の重要なプローブとなり得る新規活性化合物を得ている。


Teleocidinの2つの立体配座と活性立体配座を再現したBL-V8-310 J. Am. Chem. Soc. 1996, J. Med. Chem. 1998)

p-糖タンパク阻害による抗癌剤耐性の克服
 
現代の癌治療は,医療技術の飛躍的な向上に伴い急速な進歩を遂げている.特に遺伝子レベルで新たな癌の特徴や特異性が解明され,新規なメカニズムを持つ抗癌剤が次々と開発されている.一方で,抗癌剤を用いる化学療法では,再発や転位した癌においてその抗癌剤が効かなくなる耐性という問題が臨床的に深刻となっている.癌が耐性化する一因として,mdr1 遺伝子による P−糖タンパク (P-GP) の過剰発現が知られている.P-GPは癌細胞内の抗癌剤を細胞外へ排出するポンプ機能を有しており,これにより細胞内の抗癌剤量が著しく低下して,耐性化するものと考えられている.当研究室では,この P-GPを阻害することで,耐性化した癌の抗癌剤に対する感受性を賦活化できるものと考え,鹿児島大学医学部泌尿器科学教室(中川昌之教授)と共同で新たな P-GP阻害剤の開発を行っている.これまで,ある種のイソプレノイドにP-GP阻害活性があることを見出し,構造変換を重ねることで,強力な P-GP 阻害剤 1 を見出した.また,1 がタキソールに対して耐性化したヒト膀胱癌細胞 (KK47/TX) において,ほぼ完全な耐性克服作用を有することを見出した. 現在,本知見を基に構造活性相関の解析を行うことで,より効果が高い誘導体の合成ならびに医薬品への応用について検討を行っている


新規骨格の天然薬理活性化合物の探索


要約



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