薬学部 OB・OGメッセージ

高橋 正晃
昭和50年 卒業

高橋 正晃Masaaki Takahashi

株式会社ミッテル 代表取締役

薬剤師から製薬会社の営業職へ

高橋 正晃

母が看護師だったこともあり、小さい頃から薬に興味があり、薬剤師を目指しました。卒業後、病院の薬剤部に勤めましたが、次第に「オープンカウンターで患者さんと対話できるような薬局を作りたい」「人と人とのコミュニケーションを大切にできる薬局を作りたい」という想いが募りました。3年後、薬局を作るためにすべきことを考え、「薬局経営」とは何か、「薬の業界」とはどういうものか、を学ぶ為、転職を決意。まずは佐藤製薬に入社し私は街の薬局(OTC薬を扱う薬局)を回る営業になりました。薬局に営業に行き、薬を買ってもらうことが仕事ですが、仕事の中でお客さんの生の声を聞き、潜在ニーズや成功している薬局の秘訣を学ぶことができました。7年間の営業経験を積む中で、OTC薬には限界があると感じ、処方箋医薬品を扱いたいと思うようになりました。また、営業で静岡、東京、宮城の3地域を担当している中で、最終的には故郷の福島県郡山市に戻りたいという気持ちになったことから、地元で地域貢献できる調剤薬局を作りたいという想いが強くなりました。しかし、その時はまだ調剤薬局の経営は難しい時代でした。患者さんは病院で診察を受けた後、そのまま病院の中で薬が受け取れたので、調剤薬局は存在していたものの、あまり必要とされていませんでした。
そのため、その当時「今はまだ調剤薬局の開業時期ではない」と考え、さらなるステップアップのために美容サプリメント会社に転職しました。扱っていたサプリメントは特約店のみで販売する商品で、病気に効く薬とはまった違う販売スタイルのため、とても勉強になりました。

理想の薬局を作り上げること

高橋 正晃

その後、病院に勤務していた時に知り合った医師と偶然出会った際に、薬に関しては任せたいので、一緒に独立しないかと言うというお話をいただき、1990年、いよいよ満を持して、調剤薬局を地元の郡山に開店しました。地域の健康コンサルタントというコンセプトのもと、店名をドイツ語で「ミッテル」と名付けました。「ミッテル」という単語は医療用語で「くすり」を意味し、「薬」のほかにも「中間・仲介・方法」という意味があります。医師と患者さんの間に立つ健康へのガイド役になりたいという私の想いとも合致しました。薬局では私自身も調剤を行い、スタッフとともに薬局を作り上げていきました。順調に売り上げを伸ばし、郡山市内に5店舗オープンさせましたが、たくさんの薬局を開局するつもりはありませんでした。まずは「目が行き届く範囲で経営すること」が営業時代に成功する経営者を見て学んだことの一つだったことと、何より「地域に根差した、顔の見える関係を築く」という事を大事にしたかったからです。

経営は順調でしたが、2011年3月の東日本大震災により状況は一変し、震災後、しばらくは困難の連続でした。
東日本大震災は地域医療を考え直す大きなきっかけとなりました。震災が起きたとき、慢性の病気を抱えた患者さんが頼りにするのは地元の診療所や中核病院です。そして、薬を調剤したり、専門的な知識を持ってOTC医薬品を紹介したりできるのは地域の薬局です。地域薬局の使命は地域の医療施設と連携して、地域の健康を支えることですが、非常時には特に重要な役割を果たすのです。

未来へ向けて

高橋 正晃

これからの薬局は処方箋を持ってきた患者さんに薬を出すことだけではなく、健康な人の病気の予防や、病院以外での健康サポートをする「場」になることでしょう。そのために「一番身近な医療人」として、包括的なサポートをしていきたいと思っています。地域のために「かかりつけ薬局」として、また「かかりつけ薬剤師」として出来ることを、地域の方々、そして、働く人の意見を取り入れながら、実践していきます。

Career Path

  1. 一般財団法人 太田総合病院(薬剤師)
  2. 佐藤製薬(営業)
  3. ダイオー株式会社(営業)
  4. 調剤薬局ミッテルオープン

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