1.臨床検査データを用いた疾患の診断支援
病院初診時や健康診断では、コレステロールをはじめとする基本的検査が行われます。甲状腺の検査は、基本的検査の項目に含まれていないため、甲状腺疾患はしばしば見逃されています。甲状腺機能亢進症(バセドー病)の患者さんは体重減少や動悸を訴えるために、消化器系の疾患や心疾患と誤診されることがあります。この病気は適切な治療が行われれば、症状はコントロール可能ですので、早期発見が患者のQOLの向上に結びつきます。
甲状腺の図 |
私たちは最近、甲状腺専門医の方との共同研究により、初診時の基本的検査項目のセットに亢進症を強く疑えるヒントが隠されているのではないかと予想し、確定している多数の亢進症患者群と健常者群で測定された14の検査項目を、ニューラルネットワークというコンピュータ上の人工神経回路網に学習させました。その後、まだ確定診断のついていない多くの患者さんを対象とし、亢進症が疑われるか予測させてみました。その結果、アルカリホスファターゼ上昇、血清クレアチニン低下、総コレステロール低下という3項目の変化が重要で、これら3つの値をコンピュータに入力するだけで、高い精度で亢進症患者を選び出すことができました。
医療現場で、体調の悪い方に対して甲状腺機能亢進症(バセドー病)を簡単に判定できるソフトウェアを開発しました。体調不良の患者さんがバセドー病の場合、このソフトに3検査項目を入力するとすぐに疑わしいとの結果が得られるので、初期の検査からバセドー病が疑われた患者さんがスムーズに甲状腺専門医の所へ行けるように、医療現場でこのスクリーニング法が広く用いられることを期待しています。
2.医薬品情報のビジュアル化
現在提供されている医薬品情報源は文字数字情報が中心であるため、医薬品の系列ごとや同効薬の特徴把握は容易ではありません。そこで、迅速で的確な判断が求められる臨床の場で、必要な情報へのアクセスや理解を容易とするため、医薬品情報のビジュアル化を進めています。医療現場の方との共同研究により当教室で作成した多くの抗菌薬に対するMIC(最小発育阻止濃度)情報のサークル図は2006年8月より月刊薬事に連載され、医療現場でも活用して頂いております。
【抗菌薬アベロックスのサークル図(じほう社「月刊薬事2007年4月号より)】
【セフェム系抗菌薬のサークル図〜少しデータが古いですが、インタビューフォームからMICデータを集めて作成したものです。抗菌薬MIC情報の世代ごとの特徴がサークル図を並べてみると一目瞭然です】
3.副作用情報のビジュアル化
自己組織化マップという手法を使った副作用情報のビジュアル化を推進しています。
図1 98年時点での経口抗菌薬のSOMマップ
我々のグループでは最新の代表的な経口抗菌薬45剤の副作用発現に関する添付文書情報を集めて、データマイニング手法・自己組織化マップ(SOM)を用いて副作用発現での類似抗菌薬配置図を作成しています。図は、現在との比較のために1998年時点での添付文書情報から同様にして作成したマップです。驚いたことに、経口抗菌薬(商品名)が系統ごとにかなり整然と配置されることが見て取れます。最新版では、新しいタイプの抗菌薬も増え、マップは少し複雑化していますが、系統ごとのグループ化は基本的に不変です。これらのことから、抗菌薬には多彩な副作用が認められていながらその発現機序緒が明らかになっているものは少ない中、抗菌薬の副作用発現はおおまかには効能の作用機序との類似性があることが示唆されます。
図2 横紋筋融解症のSOMマップ要素平面
2006年1月時点での添付文書情報から作成した経口抗菌薬45剤のSOMマップに付随する横紋筋融解症の要素平面。横紋筋融解症はニューキノロン系で注意が必要とよく言われますが、図のビジュアル化した要素平面を見ることで、ニューキノロン系以外にもマクロライド系のクラリス、セフェム系のフロモックス、ペネム系のファロムにも発現していることが一目で確認できます。このマップを見ていると、ジスロマックは同じマクロライド系のクラリス、ニューキノロン系の近くに配置していますがまだ発現報告なしで青くなっていました。実はこの要素平面を作成後3ヶ月ぐらいの2006年6月、医薬品医療機器等安全性情報を通してジスロマックに横紋筋融解症発現の報告があったので注意するようにとの呼びかけがありました。マップの作成原理より、ジスロマックはこれらの薬剤と副作用発現の類似性を持つことから、隣接する薬剤のほとんどが横紋筋融解症を発現していることを考慮すると、まだジスロマックに横紋筋融解症発現の報告がなかったとしても周囲の状況から判断して将来の発現が危ぶまれていたとも考えられます。このような事前予測可能性をうまく利用すれば注意も払いやすくなるので、予想外の副作用発現が心配で市場にでて十分な時間が経った薬でないと使用しにくいというような心配を軽減して、医薬品の適正活用へのサポートにもなるものと考えています。
図3 光線過敏症のSOMマップ要素平面
同様の方法で副作用発現頻度情報も反映して作成した光線過敏症の要素平面である。青は発現のない経口抗菌薬で、緑 → 黄色と頻度が高くなることを示しています。光線過敏症の発現頻度は抗菌薬の構造式に基づきある程度予測されているが、マップに示された添付文書情報の発現頻度が丁度それに対応することが一目で確認できます。
このようなビジュアル情報を効果的に活用すれば、抗菌薬全体に対する副作用の有無、発現頻度の全体像をつかむことができるだけでなく、副作用発現の見落としを防いだり、あるいは腎機能が低下している患者により好ましい代替薬をすばやく見出すことができるなど、QOLの向上につながるような対応ができるのではないでしょうか。