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【プレスリリース】うつ病の発症リスクを低下させる糖の一種が明らかに-新たな抗うつ薬開発につながる可能性を提示-

発表のポイント

うつ病の動物モデルである慢性予測不可能なストレス(CUS)モデルを用い、コアフコシル化糖鎖が減少したマウスでは、ストレス負荷により神経炎症とうつ様行動が早期に誘導されることを発見した。

L-フコースの投与により、CUS 誘発性うつ病様行動と炎症性サイトカインの発現が大幅に減少した。

本研究成果は、L-フコース投与によるコアフコシル化糖鎖の増加がCUS誘発性うつ病における抗神経炎症活性と抗うつ効果を持つことを示しており、糖鎖を標的とした新たな抗うつ薬の開発につながる可能性を提示している。

研究概要

 東北医科薬科大学 分子生体膜研究所 薬学部 福田友彦准教授と顧建国教授らの研究グループは、糖転移酵素の一つであるα1,6-フコシルトランスフェラーゼ(Fut8)*1が、うつ病の発症と深く関わっていることと、その仕組みを明らかにしました。
 うつ病と炎症との関連が示唆されていますが、因果関係については未解明の部分が多く残されています。研究グループは、Fut8の産物であるコアフコシル化糖鎖の減少がミクログリア*2の過剰な活性化を引き起こすことを既に明らかにしています。そこで、比較的軽いストレスをランダムに長期的に負荷する慢性予測不可能なストレス(CUS)*3モデルを使用し、人間のうつ病を再現するマウスモデルを作成しました。コアフコシル化糖鎖を減少させたマウスは、野生型マウスよりも短期間でうつ病様行動を示し、神経炎症反応を増加させました。糖の一種であるL-フコース*4の経口投与により、コアフコシル化糖鎖を増加させると、うつ病様行動と炎症性サイトカインの発現が大幅に減少しました。さらに、CUS負荷で減少していた樹状突起のスパイン密度*5とシナプス形成やシナプス伝達を制御するタンパク質(PSD-95)*6の発現が増加しました。また、L-フコース投与の効果は野生型マウスでも観察されました。
 これらの発見は、炎症性サイトカイン受容体の複合体形成(例えば、IL-6受容体-gp130複合体)がコアフコシル化糖鎖によって負に制御されていて、そのバランスが崩れると神経炎症が生じ易くなるが、L-フコースの経口投与は生体に負荷をかけずに、神経炎症とシナプス障害を改善することを示唆しています(図1)。この成果は、糖鎖による抗炎症作用を基盤とする新しい予防・治療法が、うつ病に対して有望であることを示しています。なお、この研究成果は米国の科学雑誌The Journal of Biological Chemistry (JBC) に2025年1月27日付で公開されました。本研究はJSPS科研費(22K19443, 23K27133と24K09817)およびJ-GlycoNetの助成を受けて行われました。

【用語解説】

*1. 糖転移酵素 α1,6-フコシルトランスフェラーゼ(Fut8):ヒトで約180種類存在することが知られている糖鎖合成に関与する酵素の一つ。糖供与体である糖ヌクレオチドGDP-フコースからフコースをN型糖鎖の根元にα1,6結合で付加する反応を触媒する。できた糖鎖構造はコアフコースと呼ばれ、コアフコース修飾された糖鎖をコアフコシル化糖鎖と呼ばれる

*2. ミクログリア:グリア細胞の一つで、免疫を担当する細胞。正常状態では点在しているが、炎症が生じると、細胞体の肥大化や細胞増殖を伴い活性化状態となり、炎症性サイトカインの産生・放出を引き起こす。

*3. 慢性予測不可能なストレス(CUS):給水制限(12時間)・ケージの振盪・傾斜・床敷の水浸・拘束・明暗条件の昼夜逆転など、強度が比較的低いと考えられるストレスに長期間曝露させるストレス負荷の方法。慢性予測不能なストレス負荷は動物の適応反応を回避し、社会における様々な軽度ストレス要因に長期間さらされることで生じる人の反応(長期的に有効なうつ病様行動)をよりよく再現出来る。

*4. L-フコース:天然に存在する六炭糖の一つで、6-デオキシ-ガラクトースとも呼ばれる。マウスにL-フコースを経口投与して、Fut8の糖供与体である GDP-フコースの合成経路のうち、サルベージ経路(糖ヌクレオチドの分解経路から再び糖ヌクレオチドを合成する経路)を活性化するとコアフコース糖鎖が増加する。

*5. 樹状突起スパイン:神経細胞の樹状突起にある棘状の構造。シナプス後電位を発生させることにより神経細胞の活動電位の発生に寄与する。スパインの数や形状的な変化が神経可塑性(神経回路形成)のメカニズムの一つであり、脳機能に重要な役割を担う。

*6. PSD-95 (postsynaptic density protein 95):シナプス後部の主要な足場タンパク質で、シナプス後肥厚部(postsynaptic density; PSD)において最も豊富に存在しているタンパク質の一つである。シナプス機能の維持や可塑性などに寄与する。

論文名

タイトル:Exogenous L-fucose attenuates depression induced by chronic unpredictable stress: implicating core fucosylation has an antidepressant potential
(日本語名)L-フコースは慢性ストレスによるうつ病様の症状を軽減する:糖鎖のコアフコシル化が抗うつ効果を持つ

掲載紙:The Journal of Biological Chemistry (JBC)

DOI:10.1016/j.jbc.2025.108230

著者名

Dan Wang1, OTomohiko Fukuda1,2, Tiangui Wu1, Xing Xu1, Tomoya Isaji1,2 and OJianguo Gu1,2   (O責任著者)

著者所属

1東北医科薬科大・薬学研究科; 2東北医薬大・分生研

研究の詳細・お問い合わせ先

プレスリリース本文

細胞制御学教室(分子生体膜研究所)ホームページ

https://www.tohoku-mpu.ac.jp/pharmacy/lab/lp_d02/